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ワタクシ

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文学って何だろ(哲学)
ソシャゲだと思って十把一絡げにレッテルを貼っていたFate/GOが、検分してみれば思いのほかストーリーが良くできていて面白かったという話からの派生なんですけどね。

ゲームがゲームを辞めてただの集金装置になっていくことに対する、過大な恐怖感とかトラウマが私にはあるみたいで、しかし独断と偏見は時として目を曇らせるものだという教訓も得られたんですけど、それは今回の話の趣旨とはズレるので置いておいて。



Fateシリーズの中で大きな存在感を持つ要素である『アーサー王物語』は、中世の騎士道物語の一種ということになっています。
中世の騎士道物語というと12世紀のフランスの詩人ジャン・ボデルによる三分類が有名です。

「ブリテンもの」(≒アーサー王物語)
「フランスもの」(ローランの歌など、パラディンと呼ばれる高級騎士やカール大帝がイスラム勢力相手に活躍する作品)
「ローマもの」(アレクサンドロス大王やカエサルなど古代ギリシャ・ローマの英雄を主人公に中世目線で書いた作品)



そしてこれら騎士道物語の根底にある共通要素は、

1.まだ王様の力が弱くて教会の権威が絶大で騎士が活躍した時代である中世という時代に書かれているのでどうしてもキリスト教説話めいている。

2.ブルターニュもウェールズもケルト文化が根付いた場所だったので、特にフランス物やブリテン物は当地の古い伝承や神話が取り入れられている。(アイルランド神話の逸話や、マビノギオンなど)
(※このほか、大移動してきたゲルマン民族と同じくフン族に圧迫されてヨーロッパ西部に流れてきたスキタイあたりの騎馬民族の神話・伝承からも影響を受けている可能性があるという)

3.ジャンルが成熟していくと武勲詩、ロマンスだけでなくファンタジー要素、バーレスクなど娯楽要素も増えていく。


こんな感じでしょうか。


1.については、まぁうっかりキリスト教の信仰をdisるような内容になってしまったら教会に睨まれ異端審問されかねませんしcultural politicsの問題と言えます。きっと忖度に近いですね。

2.については、顕著な例としてアイルランド神話のフィン物語群に登場するフィン・マックール率いるフィアナ騎士団がローランと12勇士、あるいはアーサー王の円卓の騎士団のモデルとされる話であるとか、宮廷風恋愛(王妃や王女と騎士の不倫)要素の出どころは同じくフィン物語群のディルムッド・オディナとグラーニアの関係、あるいはもっと遡ってアルスター物語群のデアドラとノイシュの関係であるとかが挙げられます。要は完全オリジナル作品などは存在せず、すべてが類似譚ということですね。

3.については、「うっ・・・頭が・・・」としか言いようがないですね。これ、まんまfateじゃん?



何が言いたいかというと、騎士道物語って要は○○物ってジャンル区切って想像力逞しい文筆家の皆さんが精力的に筆を走らす同人創作活動の一種なんじゃないですかねぇ。

現代日本では、漫画やアニメに関する二次創作同人が圧倒的大多数であるため、主に著作権関係について法的問題を抱えるグレーゾンな活動というイメージがあります。

一方こちらの場合もそれぞれ元ネタ(神話や伝承や先に書かれた同ジャンル作品そのもの)が存在する以上、同じ二次創作と言えるわけですが、当然ながら著作権云々の問題はないのでオープンソース・フリー素材を共有して各々が好きに話を作り、それがさらに後発作品の素材になるという循環が生まれている感じです。
語弊はあるかもしれませんが、騎士道物語という大きなくくりはアンソロジーみたいなものとさえ言えるんじゃないかなぁ。


そして、fateはその系譜にあるのでは?と思ったのですよ。
思えばType-Moon自体がもとは同人サークルですが、しかしfateをはじめ奈須きのこ氏原作の作品群は(漫画アニメの)二次創作ではなく、オリジナルの世界観に、騎士道物語はもちろんのこと、世界中の民間伝承や神話が渉猟され、換骨奪胎され作品群の文脈に取り込まれていくというスタイルですからね。

もしカムランの戦いの後、ベディヴィア卿が湖の精霊にエクスカリバーを返すのを拒否したらどうなる?

アーサー王物語自体には登場しないが、マビノギオンの「キルッフとオルウェン」に登場するアルスル(アーサー王)が自分の持ち物の1つとして槍をRhongomyantと呼んでいるのだから、カムランの戦いでアーサー王が使った槍はロンゴミニアドということにしよう。聖槍ロンゴミニアド、抜錨。相手は死ぬ。


fateシリーズを掘り起こすと見つかるこういう試みを知るにつけ、これは西暦2000年代の現代日本において現在進行形で取り組まれている、1000年近く続く一大同人創作活動の最新バージョンなんじゃないかと。





たとえば私個人はシリアス・リアル志向な作風だったりクトゥルフに代表される伝奇物がわりと好みだという自覚があります。
でもコミックリリーフは必要な要素だとも思います。メリハリって大事。
とはいえ、それが過度な媚びに至れば不快なだけだとも常々感じていました。
そしてそれは現代日本のサブカルチャー界隈で蔓延している一種の風土病であるという気もしていました。
最近の漫画もゲームもアニメも萌絵と過度な性描写の押し売りにしか見えなくてゲンナリすることが多いです。

FGOを俯瞰していても、メインシナリオでせっかく壮大なテーマで盛り上がっているのに、アーサー王やモードレッド卿は女だった、フランシス・ドレイクは女だった、源頼光は女だった、とか、彼らがコミカルな掛け合いを展開するシーンの応酬であるとか、ご都合主義とか、気になりだせばきりがなかったですけど。

でもよくよく考えればこれはバーレスクなんですね。禁酒法時代のアメリカでバーレスクが衰退したように、抑圧的、禁欲的な社会状況では表現活動も委縮してつまらない社会になってしまう。だから逆説的に、このフリーダムさ、猥雑さこそが日本のサブカルチャーの貪欲ともいえる生命力の証でもあるのかも。

そう思えば、個人的に受け付けないとはいえそこに確かな意味が見いだせた気がします。
自分の価値観に別角度の視点を得るよい機会になりました。


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(哲学) | 21:41:27 | コメント(0)
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