2019-03-04 Mon

この作品は、よくある【なろう異世界転移もの】に巧妙に偽装された【クトゥルフ神話もの】です。
つまり、単にクトゥルフ神話用語を取り入れているに過ぎない関連作品というより、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトが言うところの【宇宙的恐怖】を取り扱うという点で正統派作品と呼べるものです。
オーソドックスな"クトゥルフ神話もの"とは逆に主人公が人間ではなく人外の方になっていて、基本的には"クトゥルフ神話的絶対的他者"の目線から人間が【宇宙的恐怖】を味わう様を見るというストーリーになっています。
一見ピカレスクの風味を漂わせつつ単純な善悪二元論では量れない、ある種動物的な弱肉強食の世界は、どこか八房龍之助の『宵闇眩燈草紙』を主とするクトゥルフ系伝奇ものを彷彿とさせるところがありますね。
【宇宙的恐怖】の哀れな犠牲者たちにもそれぞれ人生があり、物語があるということを丁寧に描写して、視聴者側に愛着のようなものを持たせてから虫けらのようにあっさりと殺すという作者の性格の悪さが滲み出ている感じも似ている気がします。
しかしオーバーロードの独自の魅力は、緻密な背景設定・人物描写が一筋縄ではいきそうもない多層的なストーリー展開を可能としているところにあると思います。
たとえば、無敵要素で固めた主人公を異世界に投入して無双させるなんて、まんま典型的な【なろう異世界転移もの】であるにもかかわらず、主人公は"クトゥルフ神話的絶対的他者"の役回りであると同時に"中身は小卒の冴えないリーマン"という矛盾する設定を与えられているので、その矛盾が生むギャップに主人公が苦悩したり、あるいはトラブルを抱えたり、ときには人間的成長を見せるというある種の皮肉めいた描写があったりして、そこには視聴者から見ても等身大の神性がいるという、おおよそクトゥルフ神話ものには似つかわしくない状況があるのです。
しかし、22世紀の日本人である主人公が未来の技術で作られたVRのMMORPG(ソードアートオンラインのような感じ)にログインした状態で異世界に転移した結果、気質や精神の在り方が自身のアバター(高位アンデット)と同調・変質してしまい、人間であったころの自我を一部残しつつも、基本的に人間を塵芥としか思っていない人外として活動していくことになるところに、本作のクトゥルフ神話ものとしての肝があります。
例を挙げると、部下であるNPCとおちゃらけたコメディタッチのやり取りをしつつ、その部下が手に持っている低位魔法スクロールの原材料が部下に命じて現地で調達した人皮であったりするのですが、スクロールを作成する様子などは直接描写がなくて、代わりに背景事情を示唆する会話やイベントシーンが散りばめられていて、そのうち視聴者がその事実に"気づく"ように仕掛けられていたりします。
(※原作小説を読めばもっと詳細な描写がある可能性が高いですが、尺の都合上大幅に端折ってあるアニメにおいては伏線で気づかせるという体のようで、そのためシーズン通した視聴が終わっても、見返すことで新しい発見があったりしました)
こういうときはコメディタッチなシーンと与えられた情報との落差によってゾッとさせられるわけですが、もっと言えばゾッとするのは人間の側の視点に立って主人公たちの振る舞いを見ることを強いられたからそうなるわけですよね。こういうところがまさにクトゥルフ的ホラーと言えるでしょう。無双して視聴者にカタルシスを与える存在であり、逆に人間味の無さからくる恐怖をまき散らす存在でもあり、しかし中身が小卒のリーマンなので人間臭さもあるという多重性、ギャップ、矛盾。ここに着目するだけでもオーバーロードの面白さが凝縮されているように感じますが、主人公以外のキャラも主人公の部下から異世界の人々に至るまで丁寧に作り込まれ、それぞれがそれぞれの思惑で動き回っているのでとにかくストーリーが濃厚なのです。
アニメから作品を知った口なので、メイドインアビスの時と同様に(原作に手を付けたら最新刊まで見たくなるから)原作を見るのを我慢して4期以降を心待ちにしようという腹積もりではありますが、上述の通り尺の都合で端折られた描写の数々が気になって仕方がないので消化済みの部分(原作9巻まで)くらいは読んじゃいたい誘惑も。それくらい面白かったです。オススメ。

スポンサーサイト